最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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堀越事件第1審判決への疑問

 国家公務員が政党ビラを配ったという「堀越事件」については、今年1月のブログでも触れましたが、東京地裁は去る6月29日に、罰金10万円執行猶予2年の有罪判決を言い渡しました。法廷で意見を述べた私としては、早速反応すべきところでしたが、私事にまぎれて時期が遅れ、最近ようやく判決の全文を読んで、検討を開始しました。
 判決当時の新聞の社説にも、「釈然とせぬ公務員の有罪」(朝日)、「自由が萎縮せぬように」(東京)といった疑問や危惧が出され、学者の解説にも批判的な論調が支配的でした。上記の社説によりますと、これはほとんど無罪に近い異例の判決で、裁判官が判断に悩んだ跡がうかがわれるが、しかし有罪は有罪であって、警察の捜査も検察の起訴も、お墨付きをもらったことになり、こうした判決で、言論の自由が狭まり、公務員が萎縮するのではないかと心配だというのです。
 私も、このような評価におおむね賛成ですが、むしろ問題は、なぜ裁判所が32年前の判例を踏襲して有罪判決の結論に固執したのか、なぜ警察・検察が30年間も適用しなかったこの種の事件を大々的に捜査し起訴したのかという点にあり、背景となる時代状況の変化に注目すべきだと思います。
 なお、判決の刑法学的な検討はこれから行いますが、ここでは、判決が公務員法違反事件を「行政違反」に対する懲戒処分とは無関係に、「国家秩序違反」に対する刑罰として包括的にとらえた上で、しかも法所定の行為があれば直ちに法益侵害の「抽象的危険」があるという形式的な論理に固執している点に最大の問題があることを指摘しておきたいと思います。懲戒処分と刑罰の関係が転倒して理解されており、政治的行為の禁止を予防的措置ととらえるという権威主義的な姿勢が見られることに注目すべきでしょう。
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by nakayama_kenichi | 2006-07-30 21:05