最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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若狭の賢者(3)

 平泉澄氏が若狭の僻地に「仙崖荘」を訪問し、上述のような手記を書かれたのは、昭和30年(1955年)のことですが、これを読んで驚嘆した地元の一青年が、昭和57年(1982年)に仙崖荘を訪れたときの手記も記録されています(永江寿夫「天地宇宙 汝にありー若狭の小さな村にてー乾長昭先生のご事蹟」一滴の会・一滴第71号、1994年)。
 その中には、仙崖荘はどこかと訪ねたおばあさん(津田静子さん)が、先生の書かれた詩文を立派に表装された御軸や、先生自作の「如是観」などを自宅に秘蔵されていたのを見せてもらって、身震いするほどの感激を覚えたこと、そしてそのことを平泉先生に報告したら、その経験を大切にしなさいという返事を頂いたことなどが生き生きとした体験談として書かれており、中島義明氏が長く大切に秘蔵されていたと言われる何枚かの書や額などの写真も掲載されています。
 ところで、私自身も、家内や子供とともに、何回か若狭の「仙崖荘」を訪れたことがあり、何日か宿泊した経験があります。その後長く中断したままになっていましたが、最近、家内が亡くなった後、改めて訪問する機会がありました。仙崖荘は、もう使用できない状態ですが、大切に保存されていました。当日、集まって下さった数人の方々は、いずれもかつて自ら講義を受けたお弟子さん達の子供の世代に当たり、どなたももうかなりの年配の方々でした。直接のお弟子さん達はすでに亡くなられていますが、当日見えた数人の中で一番年配の井上松雄さんは、お母さんのお腹の中にいるときに講義を聞いたといわれ、先生の遺訓をとうとうと語られたのには、心底驚きました。
 さきほどの体験談の筆者である永江寿夫さんも、今は若狭町の教育委員会の事務局におられますので、直接にお目にかかって、仙崖荘の保存を含む「若狭の賢者」の業績の蒐集に協力して頂くよう、皆さんと一緒にお願いしました。これからも、ときどき若狭を訪問して、資料の蒐集と保存に努めたいと念願しています。
 
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by nakayama_kenichi | 2006-06-14 23:37