最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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唄孝一先生からの電話

 11月2日の午前8時頃に電話のベルが鳴り、こんなに早くと思って受話器をとったら、「東京の唄です」という声が聞こえた。医事法の大家であるが、もう長い間お目にかかっていないので、驚きながらお話をうかがうことになった。私よりも年上の大先輩なので、健康が気になったが、80を越えてあちこち問題をかかえつつ、それでも週に1回は北里大學まで出かけられているとのことで、声にもはりがあり、お元気そうに見受けられた。
 用件は、やはり研究上のことで、1992年頃に「法律時報」に書かれた、アメリカのニュージャージー州の「生命倫理委員会」について、当時参照した英文の資料を見ようとしたら欠落があるので、私のことろにその資料がないだろうかという問い合わせであった。
 私としては、10年以上も前のことであり、すぐには思い出すことができず、あってもどこにあるのか見当がつきかねますが、一度探してみますという返事をするほかはなかった。しかし、この件で、私のことを思い出して、わざわざ連絡して下さったことは、研究者として有難いことだと感謝せずにはいられない。
 そして、今日の午前中、書庫で当時の資料探しをすることになったが、唄先生の法律時報の原稿と、先生の目にとまった私自身の雑誌論文を発見できただけで、肝心の英文資料は見当たらなかった。当時の拙稿とは、「脳死の拒否権を認めたアメリカ・ニュージャージー州の新法」(警察研究63巻4・5号、1992年)であり、その中で上記の「生命倫理委員会」にも言及していた。そして結果的には、唄先生からの電話のおかげで、当時の私が、脳死・臓器移植問題について集中的に論文や著書を発表していたことを思い出すことになった(1992年だけで著書2冊と論文5本)。今よりは若く、元気のある頃のことであった。
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by nakayama_kenichi | 2005-11-02 15:15