最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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治安維持法のこと

 いわゆる「治安維持法」については、戦前の代表的な人権侵害の悪法として歴史的な評価が確定しているはずのものである。私自身も、かつての『現代社会と治安法』(1970年、岩波新書)の中で、戦前の治安法の典型として触れたが、その特色は、反体制的な目的を持った「行為」を処罰するとしながら、その目的に資する行為から言論に至るまで無限定に拡大を重ねることによって、まさに「思想」そのものを処罰の対象にしたという点に現われている。また、治安法を運用するために、「特高警察」がその権限を著しく濫用したこととともに、全国各府県単位にも「特高課」が設けられていたことも忘れられてはならない。
 この治安維持法は、戦後に廃止されたが、それは当時の日本政府の独自の判断によるものではなく、占領軍の強い要請(覚書)によって、ようやく実現したものである。そして、日本国憲法は、「思想及び良心の自由」(19条)をはじめとする基本的人権の保障を前面に押し出すことによって、治安維持法は形式的にも実質的にも憲法に違反するものとなったのである。
 ところが、今また「思想」の自由の侵害が問題になろうとしている。いわゆる「共謀罪」の立法化に関連して、2005年7月の国会審議の場で、民主党の辻議員が治安維持法の評価を問題とし、それが憲法違反かと問うたのに対して、南野法相は申し上げる立場にないとして答弁を回避したのである。そこに立法者の歴史認識の危うさが露呈されているといえよう。
 なお、最近でも、戦前の治安維持法の犠牲者として、1945年2月に京都の同志社大學英文科に留学していた朝鮮人の「尹東柱」(ゆん・どん・じゅ)さん(韓国の国民的詩人)が逮捕され、山口の刑務所で「獄死」を強いられたという事実があり、当時の同志社の学友から情報を得る運動が続けられているという動きを知る機会があった。
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by nakayama_kenichi | 2005-09-28 12:46