最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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靖国問題に一言

 靖国神社は、殉国の英霊を慰霊し顕彰することを目的としていますが、私どもの戦前を体験した世代にとっては、何よりも大東亜戦争へと国民を鼓舞する精神的な支柱であったことを忘れることができません。戦後はその思想的な「清算」が必要であったのに、それをあいまいにしたままに、靖国神社によるA級戦犯の合祀を認めてしまったところに問題があります。当の靖国神社は、今でも、東京裁判が勝者による一方的な裁きだったとする戦争肯定論の立場からA級戦犯の合祀に問題はないと堂々と主張していることを確認しておく必要があります。小泉首相が公式参拝を繰返すことは、彼の個人的な見解や弁明とは関係なく、靖国神社のこの思想を公認する効果をもたらすものというべきでしょう。
 国会の質問では、小泉首相の個人的な信条や見解を取り上げてこれを批判するにとどまっており、もどかしい思いがします。むしろ大事なのは、客観的な歴史的事実を確認させ、靖国神社の思想を明らかにしてこれとの対決を迫ることであり、その際、政府が1980年の統一見解として、首相らが公的な資格で行う参拝は「違憲の疑いを否定できない」として「公式参拝」を自粛する方針を打ち出していたこと、1985年に公式参拝に踏み切った中曽根首相も結局はA級戦犯の合祀を批判した中国との関係に配慮して参拝を打ち切ったこと、さらに小泉首相自身が2001年に最初に参拝した際の談話から出た新しい国立の戦没者追悼施設を作る構想の成行きなど、事実に基づいて責任ある決断を迫ることが必要だと思われます。
 靖国神社の見解や特定のA級戦犯遺族の意向にしたがうというのでは、侵略戦争だったという戦後の歴史的認識を根底から否定することになることを銘記すべきでしょう。
 
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by nakayama_kenichi | 2005-06-06 14:49