最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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メーデーの今昔

 今日は、5月1日ですが、新聞のどこにも「メーデー」に関する記事は見当たりません。今年は、とくに東日本大震災のこともあるのでしょうが、メーデーは、いつの間にか、ゴールデンウイーク期間中のl日に埋没し、忘れられてしまったという感じです。
 しかし、かつては、メーデーは労働者・勤労者が資本家・雇用主に対して、働く者の権利を主張し、その団結を自覚し連帯を社会的に示威するという特別な意味のある日として意識され、実際にも街頭デモをはじめとするさまざまな行事が行われてきていたのです。
 その中核となるのは、労働組合ですが、大學や高校の学生もこれに参加するというのが、恒例となっていたのです。しかし、最近では、労働組合が分裂して、形だけの中央集会を年中行事として行うだけで、学生の参加はなく、大學のキャンパスは閑散としています。
 私自身の経験を振り返ってみますと、1945年(昭和20年)8月の敗戦の翌年に旧制高校に入学した頃の思い出として、5月1日のメーデーのデモ行進に、白線帽をかぶり、苞場の下駄を履いて、級友と肩を組んで参加していたときの写真が残っています。当時は、敗戦直後の時期で、占領軍による規制もなく、むしろ奨励されていたように思われます。
 旧制大學に入学した1928年(昭和23年)頃にも、まだこの伝統は続いていましたが、1930年(昭和25年)頃から占領政策の転換によって、次第に統制と抑圧が強くなり、一方では運動が過激化し(血のメーデー事件)、他方では分散化して結集力が弱くなって行きました。
 ただ、京都大学には教職員組合があり、たしか1975年(昭和50年)頃に、何年か職員組合の役員として、メーデーの街頭デモ行進に参加したことがあったことを思い出します。ただし、当時の学生運動の分裂から苦い経験を味わったことも事実です。
 結論としては、何事も「初心に帰れ」といいたいのが現在の心境です。
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by nakayama_kenichi | 2011-05-01 10:25