最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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佐伯千仭博士の死刑廃止論(1)

 死刑については、わが国の世論にはまだ存続論が多いのが現状だといってよいでしょう。このブログでも、死刑廃止論に触れると根強い拒絶反応があることを感じます。しかし、世論も、死刑囚の再審・冤罪などの状況次第では、揺れ動く可能性があると思われます。
 今回、改めて故佐伯博士の「死刑制度のゆくえ」と題する講演(法律時報69巻10号、1997年)を読み返しましたので、その体験的な主張を2回に分けて要約しておきます。
 1.佐伯は、京大法学部の学生時代に、宮本英脩教授の講義で「愛の刑法学」とそれにもとづく死刑否定の理論に心酔し、当時の思想運動に死刑をもって臨むのは無謀であるとする文章を新聞に投書したことがあり、それが死刑制度に対する違和感の始まりであった。
 2.戦時中は、国防保安法や戦時刑事特別法など、死刑を科す法律が増え、戦後、死刑廃止論の代表者となった教育刑論者(木村亀二)でさえも、「死刑は、よみの国における教育を目的とする」とまで説明していた。
 3.戦後の憲法は、自由と人権の尊重をうたったので、羽仁五郎参議院議員の死刑廃止法案の提案もあったが、最高裁は、死刑が憲法36条の禁止する「残虐な刑罰」には当たらないと判示した。しかし、死刑は刑務官に受刑者の殺害を義務づけている点で甚だ残酷なように思われる。憲法の規定(31条)は死刑の存在を予定しているが、死刑の残虐性は払拭できない。
 4.刑法改正作業の過程で、改正刑法草案(1972年)は死刑の廃止を全く問題にしなかったので、佐伯は、次善の策として、「死刑の言渡には裁判官の全員一致の意見によることを要する」という提案をしたことがある。
 5.観念的には極悪非道で同情の余地の全くにない犯罪者を想定できるが、それらも現実的に冷静に調べれば。実は絞首台に送るよりもむしろ精神病院に収容されるべき異常者と考えられる。死刑制度は、その土台である責任能力の認定そのものの土台が揺れている。(続)
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         長岡天満宮の残り「つつじ」(5月13日)
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by nakayama_kenichi | 2010-05-13 09:05