最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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妹山背山の段

 今回も大阪の石川元也弁護士のお世話になり、大阪の国立文楽劇場で人形浄瑠璃を鑑賞する機会がありました。4月6日(火)の午前11時から午後3時半頃まで、30分の休憩(昼食)を挟んでの連続の公演で、すっかり文楽の世界を堪能しました。
 出し物は、「通し狂言 妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)」というもので、これは、中大兄皇子(天智天皇)と中臣(藤原)鎌足が、権勢を振るった蘇我入鹿を打倒した「大化の改新」を題材に、大和各地の伝説や風景を織り込んだ作品ですが、当日は第1部として、「小松原の段」「蝦夷子館の段」「猿沢の池の段」に続いて、最後の「妹山背山の段」が最大の見せ場として展開されました。
 舞台中央を流れる吉野川を挟んで、上手(右側)に背山大判事清澄の家、下手(左側)に妹山太宰少弐の家があります。恋に落ちた久我之助と雛鳥は、領地争いの遺恨を持つ親に当たる大判事清澄(父)と太宰家定高(母)の対立の中で、入鹿大臣の権勢という逃れがたい運命の前に、結局はそれぞれの親の説得に応じて死ぬことを選び、まずは定高が花嫁の雛鳥を刎ねた首を嫁入り道具とともに吉野川に投げ入れ、清澄がこれを受け取って白装束の久我之助に渡したうえで、花婿の首を刎ねるという悲劇的な場面が展開されます。
 清澄は「倅が首を切る刀とは五十年来しらざりし」といい、一方定高は「これ程に思う仲、一日半時添はしもせず、賽の河原へやるかいの」と断腸の思いを語ります。そして、若い男女の犠牲によって対立した両家が和解することになります。そして、最後は、「隔つる心、親々の積もる思ひの山々は、解けて流れて吉野川、いとど漲るばかりなり」と語られて幕を閉じました。
 なかでも、花嫁姿の雛鳥が恋焦がれた末に死を決意し、喘ぎながら満身を打ち振るわせる仕草を全身にわたって繊細に表現した人形遣い「吉田蓑助」氏(文化功労者)の奥義には、改めて感服しました。
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4月14日の朝日新聞夕刊に、記事と写真が載りましたので、写真を転載します。
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by nakayama_kenichi | 2010-04-10 22:38