最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

先生のお墓(2)

 「わたしたちの大すきな大島先生のお墓は、このさびしい丘の上の墓地にあります。大島先生のお墓は、墓地のかたすみのポプラとアカシアとプラタナスのかげに、しずかに横たわっています。このお墓のできたころは、町の人はだれもこのお墓をかえりみもしませんでした。それほどあわれなみすぼらしいお墓でした。・・・・
   大島先生のお墓には1年たっても2年たっても石碑は立ちませんでした。2坪ほどの大きさの墓地の真ん中に友だちの書いたそまつなぼうぐいが立って、その両側に2本のときわ木が植わっているきりでした。大島先生の友だちは、たいていびんぼうな人たちばかりでしたから、それをかなしんでもどうすることもできませんでした。
   あるとき、わたしは大島先生のお墓へおまいりしたら、だれが持ってきたのか、ほとんどまんまるい形の自然石が1つお墓の真ん中にころがって、そのまわりにひらべったい石が3つ4つおいてありました。わたしはそのまんまるい形の石を見ているうちに、いつか大島先生が黒板へ書かれたまるい形のことを思い出しました。やがてまるい自然石とひらべったい自然石のあいだに雑草がおいしげって、ちょうど大島先生のからだをやわらかい毛皮でつつんででもやろうというように、墓地の上においはびこっていました。草萩の赤い花やすすきの白い穂が雑草のあいだから背のびをして、ここにわたしたちの大すきな大島先生のねむっていることをつげているように思われます。これがわたしの先生のお墓です」。
 その大島先生は、3年で転校され、東京のさびしい下宿屋の一室で肺病でなくなられたのですが、先生の遺言によって、この町の墓地にほうむられることになったと記されています。そこには、古き良き時代の先生と生徒との間の、こころあたたまる師弟関係を垣間見ることができます。私自身も、小学校時代の先生のお墓におまいりしたくなりました。
[PR]
by nakayama_kenichi | 2009-08-21 17:59