最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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虎姫中学野球部の思い出

 旧制中学のクラス会関係の資料の中に、「わが虎中時代」(古稀記念文集)という小冊子が出てきましたので、なつかしく読み直しています。
 私自身は「虎中時代の私」という文章を書いていますが、そのなかでは、入学当時(昭和14年4月)の印象として、入試には合格したものの、田舎出の自分が優れた級友たちに伍して行けるか心配であったこと、科目では、英語が新しい科目で一番興味があり、地理も歴史も好きだったが、国語では作文が苦手で、数学はやや不得手だったように思うと述懐しています(作文が苦手だったのに、よく物書きの仕事についたものだと思います)。
 一方、体育は、体が小さく臆病だったのですが、兄の影響で「野球部」に入ったのです。体に合うユニフォームがなく、ダブダブの姿で笑われたことを覚えています。しかし、野球部の生活は、体を鍛え忍耐心を養う上で、有益であり、放課後の毎日の練習は苦しかったけれども、学業との両立を図るために、限られた時間を有効に使う要領を人よりも早く身につけるのに役立ったように思うと書いています。
 虎中の野球部の対外試合成績は香ばしいものではなかったのですが、同僚のT君の述懐によりますと、生涯忘れられない試合として、昭和16年夏の滋賀県大会(近江神宮外苑球場)で、強豪の膳所中学を相手に、8回まで2対1でリードし、夕闇迫る中で1点をとられて、惜しくも2対2で引き分けたことがあったことが語り草となっています。
 同僚が毎夏の琵琶湖での水泳訓練をしているのに、私ども野球部員はグランドで汗を流していたのですが、そのことが、中学卒業後、皮肉にも海の学校である高等商船学校に入り、全く泳げないという苦労を味わうことになるとは思いませんでした。
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by nakayama_kenichi | 2009-06-25 21:16