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最近大学を離れ、論考を公表する機会が少なくなってきました。論文として公表する以外の資料や感想文などを公開する場を持ちたいと考え、このブログを開設しました。


by nakayama_kenichi
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牧野英一先生のこと

 この間、刑法学会に出ましたら、検察官出身で現在筑波大学教授の土本武司氏と面談する機会があり、故牧野英一先生のことに話が及びました。私は最近、牧野刑法学への関心から、土本さんが牧野先生の晩年の学究生活について書かれていたものを発見し、土本さんに聞いてみたいと考えていたところで、一気に話題に熱が入りました。
 牧野英一博士(1978-1990)は、戦前から戦後の長い期間にわたって、刑法におけるいわゆる「新派」の思想を代表する偉大な刑法学者で、その著書は背丈に達するといわれた伝説的な人物です。私自身は、「牧野博士の刑法思想」という論文を書いていますが、残念ながら直接にお会いすることなく終わり、心残りな気持ちを抱いていました。
  土本さんは、その牧野博士が東大を退官後、茅ヶ崎の書斎で、92歳で死去されるまで、ほとんど休むことなく研究に没頭されていた約10年間、先生の書生として研究のお手伝いをされた実体験をお持ちで、その貴重な記録が、当時の「書斎の窓」(222号、1973年)に掲載されていることを今回お聞きして、改めて拝読しました。
  とくに今回、改めて驚嘆しましたのは、牧野先生が刑法だけでなく民法、商法、法理学などにも造詣が深いほか、「語学の神様」ともいわれ、世界各国の文献を駆使して「比較法的進化論」を唱導されたこと、そしてほとんどの時間を学問に傾注するなかでも、和歌を詠まれたことなどで、隠れた逸話と共に人間牧野の実像が浮かび上がってきます。その中から、牧野先生の東大退官時の言葉と、和歌を引用しておきます。
  「わたくしの仕事は、35年の間、いはば間断なきを得たのである。読むに従って書き、考へるに従って書き、・・・一日として著述の筆を休んだことがないのである」。
       大いなりや丹雲(にぐも)のなびき海ばらに
         しほじゆたかに夜明けむとして (召歌・御題「雲」)
  なお、牧野博士の残された書籍は、現在、法務省の法務図書館に所蔵されており(書斎の窓243号)、私も拙著『刑法の基本思想』を寄贈しました。
by nakayama_kenichi | 2009-06-04 16:48