牧野英一先生のこと
2009年 06月 04日
牧野英一博士(1978-1990)は、戦前から戦後の長い期間にわたって、刑法におけるいわゆる「新派」の思想を代表する偉大な刑法学者で、その著書は背丈に達するといわれた伝説的な人物です。私自身は、「牧野博士の刑法思想」という論文を書いていますが、残念ながら直接にお会いすることなく終わり、心残りな気持ちを抱いていました。
土本さんは、その牧野博士が東大を退官後、茅ヶ崎の書斎で、92歳で死去されるまで、ほとんど休むことなく研究に没頭されていた約10年間、先生の書生として研究のお手伝いをされた実体験をお持ちで、その貴重な記録が、当時の「書斎の窓」(222号、1973年)に掲載されていることを今回お聞きして、改めて拝読しました。
とくに今回、改めて驚嘆しましたのは、牧野先生が刑法だけでなく民法、商法、法理学などにも造詣が深いほか、「語学の神様」ともいわれ、世界各国の文献を駆使して「比較法的進化論」を唱導されたこと、そしてほとんどの時間を学問に傾注するなかでも、和歌を詠まれたことなどで、隠れた逸話と共に人間牧野の実像が浮かび上がってきます。その中から、牧野先生の東大退官時の言葉と、和歌を引用しておきます。
「わたくしの仕事は、35年の間、いはば間断なきを得たのである。読むに従って書き、考へるに従って書き、・・・一日として著述の筆を休んだことがないのである」。
大いなりや丹雲(にぐも)のなびき海ばらに
しほじゆたかに夜明けむとして (召歌・御題「雲」)
なお、牧野博士の残された書籍は、現在、法務省の法務図書館に所蔵されており(書斎の窓243号)、私も拙著『刑法の基本思想』を寄贈しました。